画面の中の図面が、初めて「自分の体の一部」になった日


I. 巨大な組織の、精巧な歯車として

前職では、誰もが知る大手メーカーでPCの筐体設計に没頭していました。

最新の3DCADを操り、コンマ数ミリの干渉を排除する。
その仕事に誇りはありましたが、どこかで乾いた感覚も抱えていました。

設計した図面は海を越えた工場へ送られ、数ヶ月後に店頭に並ぶ。
手に取ってみても、それが自分の生み出したものだという実感が、どうしても薄かったのです。

数千人が関わるプロジェクトの、完璧な一部であること。
それは安定を意味しましたが、エンジニアとしての手触り感を、私は少しずつ失いかけていました。

II. 顕微鏡の向こう側にあった「全責任」

マイクロサポートに転職して、私の日常は一変しました。

ここでは、設計図を書くことは仕事の始まりに過ぎません。
驚いたのは、自分が引いた図面をもとに、自ら工具を握って製品を組み立て、配線し、調整まで行うというスタイルでした。

ある日、数ミクロンの異物を正確に捉えるための新しい機構を設計したときのことです。
組み上がった装置を顕微鏡で覗き、ジョイスティックを倒す。
画面の中で、自分が計算した通りの軌道で針先が動き、対象物を完璧に捉えた瞬間、背中に震えが走りました。

「これは、私が作ったんだ」

設計のミスも、工夫の跡も、すべてがダイレクトに挙動に現れる。
逃げ場のない責任の重さは、そのまま、モノづくりの根源的な喜びに直結していました。

III. 毎年、新しい自分に出会う

この会社には、毎年新しい開発テーマに挑むという不文律があります。

去年までの正解が、今年は通用しない。
マニュアルのない問いに対し、機械設計の知識だけでなく、ときには慣れないソフトウェアのコードを書き、ときには製造現場のベテランと知恵を絞る。

分業という壁を取り払った先にあったのは、無限の試行錯誤が許される自由でした。

世界中の最先端を走る研究者たちが、私たちの技術を待っている。
その期待に応えるために、今日も私は顕微鏡を覗き、まだ見ぬ機構を構想しています。

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